龍姫湖伝説 炭焼きと女房 文・絵 いくまさ鉄平 (まち物語制作委員会) |
1 NA) この紙芝居は、温井ダムの「龍姫湖」の底に沈んだ「温井の渕」に伝わる、 民話をもとに、新しく作り直したものです。 江戸時代、広島は、たたら製鉄や炭焼きが、とても盛んでした。 ここは温井の山の中・・・ 炭焼き男の甚六が、薪(マキ)を運んでいると・・・ |
2 お千代) 「もし、あなた様のお仕事は、炭焼きですか?」 甚六) 「そうじゃが。」 お千代) 「私は、和歌山から参りましたお千代と申します。」 甚六) 「そんなに遠くから、来たのか? ようも、山賊に襲われんかったよのう。」 「ワシになんの用じゃ。」 お千代) 「私を、あなた様の嫁にしていただけませんか?」 |
3 ・・・・・・・ 甚六) 「な、なにをいう? いきなり。」 ←びっくり お千代) 「あなた様と、結婚したいのです。」 甚六) 「冗談じゃろ。 ワシは貧乏な炭焼き。 自分の飯さえ食えんのに、そんな余裕はないわ。」 お千代) 「そう思いまして、お土産として、これをお持ちしました。」 |
4 NA) 袋の中には、たたら場で、ゴミとして捨てられるカナクソがはいっていました。 甚六) 「う〜ん、ワシをからかっているのか?」 ←不可解 「こりゃ、仕事のカスとして出すゴミじゃろうが。」 お千代) 「これを、あなた様の炭焼き窯で、今一度、燃してください。 呪文を唱えますから。」 甚六) 「呪文?」 |
5 お千代) 「タタラバタタラバ♪ タタラバタタラバ♪」 ←もぞもぞ NA) すると、どうしたことでしょう。 カナクソがピカピカと輝きはじめたのです。 お千代の美しさもあって、甚六は、夢を見ているようでした。 お千代) 「う〜ん。 タッタラバ〜♪」 ←奇声 |
6 甚六) 「こ、これは、小判じゃ。 えらいこっちゃ。」 ←びっくり 「お千代さん、この呪文は、うしろの山の”カナクソ”にも使えるんか?」 お千代) 「いいえ、それは使えません。 満月の夜に、生まれた”カナクソ”だけです。」 NA) 甚六の、目の前にある小判だけでも、贅沢な暮らしができるものでした。 |
7 NA) こうして、甚六とお千代は”結婚”しました。 貧乏だった甚六の生活は、とても楽になりました。 甚六) 「ありがたい、ありがたい事じゃ。」 お千代) 「働き者のあなた様が少しでも楽になれば、このカナクソも幸せです。 ただ、このことは誰にも言ってはなりませんよ。 私たちだけの秘密ですよ。」 甚六) 「わかった。 誰にも言わん。 安心せえ。」 NA) 村の人たちは、そんな二人を不思議がり、 ”井戸端”に集まっては、ウワサ話をしています。 |
8 村男1) 「おい、お千代さんはどこから来たか知っとるか?」 村男2) 「うちのカカアの話しじゃあ、ありゃ人間じゃないとか言いよるで〜」 村男1) 「どういうことじゃ?」 NA) 数日前のことでした。 お千代が、”たたら場”で、手伝いをした時のことです。 |
9 NA) 何を思ったか、炉から出たばかりの、赤く焼けたカナクソを、 素手で持ちあげてしまいました。 村男2) 「うちのカカアが、それを見ての。 びっくりしての大声で叫んだ。」 「お千代さんの手のひらを触っても、氷のように冷たく、火傷もなかったそうな。」 村男1) 「気持ちの悪い話じゃな。」 ←ひそひそ 「ワシはの、お千代さんが真夜中に、一人で、うろついとるのを見たで。」 NA) そこに突然、甚六が現れました。 |
10 甚六) 「どしたんじゃ、何の話じゃ〜」 ←小さな低い声でそっと 村男1) 「おお、甚六じゃなあか、どっどうした?」 ←びっくりして ↓大声で 甚六) 「お千代の何が冷たいんなら。 つまらん噂、しよったら承知せんどお〜」 村男2) 「すっ、すまん。 帰ろう。」 NA) 本当のところ、甚六も“お千代の体の冷たさ”に加え、 毎朝のように、”お千代の草履”が濡れているのが、気になっていたのです。 甚六は、お千代が夜中に、一人で出歩いているのではないかと、思い始めました。 |
11 NA) いつもは酒の酔いにまかせ、暗くなるとすぐに寝てしまう甚六ですが、 この日は寝たふりをして、夜が更けるのを待ちます。 お千代は、片づけものを終え、一息つくのかと思いきや、 こっそりと裏口から外へ出てゆきました。 それを見たあと、甚六は布団から抜け出しました。 |
12 NA) 月あかりの夜・・ 甚六は、木陰に隠れながら・・ ゆっくり静かに息をひそめながら・・ お千代の後を、追いました。 しばらくして、温井の渕に来た時のこと。 なんと、お千代は着物を脱ぎ始めたのです。 |
13 NA) 月あかりに照らし出されたお千代の背中、 そこにはキラキラとウロコが輝いていました。 驚いた甚六は、思わず 声をあげてしまいました。 甚六) 「ぎゃっ」 お千代) 「誰です?」 ←静かに 甚六) 「お・・・お千代。 おっ、おまえ、その背中どうした。」 お千代) 「甚六様、見てしまいましたね。」 |
14 お千代) 「見られたからには、もうあなた様と一緒に、暮らすことができません。」 甚六) 「お、お前、村人が噂しているように、人間ではないのか?」 お千代) 「そうです。 私は・・」 甚六) 「言うな。 何も言わなくてもいい。 ワシはお前が何であろうと許す。 これからも一緒に暮らしておくれ。」 お千代) 「それは出来ません。」 |
15 甚六) 「頼む、行くな!」 お千代 「申し訳ありません。 ここは狭過ぎます。 これから出雲に参ります。」 NA) お千代はそう告げて、 ゆっくりと、遠ざかりながら、もとの姿であるオロチに戻り、 水の中に消えてゆきました。 オロチは人間の姿になると、体は”たたらの炎”のように熱くなるので、 温井の渕で、毎晩のように体を冷やしていたのです。 次の日のこと。 そこには、お千代の姿はなく、 代わりに”大きな蛇(へび)の抜け殻”が、ひとつ落ちていました。 |
16 NA) それから時は流れ、温井ダムが完成し、 「温井の渕」は、龍姫湖の底に沈んでしまいました。 しかし、ダムの底に沈んだことで、湖面は広く生まれ変わり、 そして、温井ダムからの放水を眺めていると、 まるで、お千代が戻ってきている気がしませんか? |